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舞台の下、本来は観客席になる場所には、高校生が大勢座っていた。
「何ですか、あれ」
「ボランティアの合唱部だろう。ほら、舞台の一段下のところ、あっちは吹奏楽部だぞ」
「ほんとだ」
制服から、東松山にある高校の学生だとわかる。
吹奏楽部は楽器を抱えたまま、客席にいる合唱部は息を積める様に舞台にいる翠を見ていた。
「はい、じゃあ与四郎夫婦がはけるところから、もう一度」
舞台下の中央に立つ男が大声で指示を出した。
常陸忠生だ。
「合唱部さん、確認。みんなは歌ってるから、翠さんが入るところは見えないからね。こういう風に翠さん動くから――愛子先生しか見えてないですよね、ここ」
「ええ、わたくしだけですね」
「指示出しお願いします。ここ、翠さんが入ってくる時に合わせてすぐに声を抑えてもらって。そうすると魚たちが女神の入場に合わせて道を譲った感じがでるから」
「彼女が出て来てすぐに? 少しずつ抑えていく方がいいんじゃないですか?」
「突然かえた方が、場面の変化を感じられます」
「演出としてはそうかもしれませんが、この曲はそういう演出を考えているものではありません」
流れるように忠生と愛子が言い争いを始めてしまい、三枝は唖然とした。
そこに宏紀があっさりと入り込む。
「分かりました。ちょっと後で両方やってみましょう。録画しておきますから。あとでみんなで見て、いいほうにするという事で」
宏紀の提案を二人はあっさりとのむ。
夫婦がぶつかっても、それを宏紀がまとめることでうまくいっている、という場面をかいまみた気がした。
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