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「すごい緊迫感ですね」
思わず、紗川に話しかける声も小さくなる。
ぐるりと周りを囲んでいるのはボランティアで作業に来ていた人たちだ。
練習もこれだけの注目の中で行うとなると空気が違ってくる。
「本番は今度の週末だからな――三枝君。台の上を見ろ。高梨さんだ」
言われて見上げると、空中ブランコの飛び降り台の上に高梨がいた。
舞台の上にいるメンバーは普段着だが、高梨は体にフィットした服を着ている。体操の練習着なのかもしれない。
「翠さんが歌い始めて、サビを歌い出したら、孝雄、飛ぶ。孝雄が飛んだら、敦子とトランポリン、いいか?」
聞いてはいたが現物が出てくると改めて驚く。敦子の背後にトランポリンをセットした人々はボランティアの様だ。設置するとすぐに袖に引っ込んだ。
セットのスピードも重要らしい。
孝雄の様に体にフィットした練習着を身につけた敦子がトランポリンに登る。
事務服を着ていたときは驚くほど細いと思ったが、体操選手の様な立ち姿は頼もしさを感じる。
「敦子の準備もすぐにできそうだな。宏紀、敦子の飛ぶタイミング、何か指示出しいるか?」
「敦子ちゃんは孝雄の動きを見ていられるから大丈夫だと思います。だよな、敦子ちゃん」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、敦子は孝雄をよく見て。ブランコの手を離して移る時を狙ってとんで。孝雄のサポートの方は大丈夫ですか。――大丈夫? じゃあ、これで行こう。合唱部、本番と同じ様に移動」
はい、と合唱部から声が上がる。
まるで上下関係が厳しい運動部の様だ。
三枝はただ驚いてこの様子を見ているほかない。
「こういう時の練習って、歌う人は普段着なんですね。歌わないからってわけじゃないですよね」
「今は歌ではなく、タイミングと位置の調整をしているようだな」
「あ、なるほど」
翠の足元でルリカがテープを貼っている。
先ほどのトランポリンとのやりとりから、テープが目印になっているらしいとわかった。
常陸忠生はただのお飾りの「代表」とばかり思っていたが、認識を改める必要がありそうだと三枝は思った。
少なくとも、演出は彼がしている。
時々、となりの宏紀と話しているのは、相談をしているのだろう。
(あ。目があった)
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