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すっかりサバランを食べるつもりでいたのに食べられなかった日があっただけに、喜びは大きい。
「大宮のエキュートで買ったことがあっただろう?」
「そうなんですけど。あれが美味しかったからずっと本店のを食べたかったんですよ」
「ケーキの場合は分量が厳密に決まっているからそう差はないはずだが」
「いえ、変わります。俺の気持ちが」
「……そうか」
「はい」
「……あんずシロップも食うか?」
「え、いいんですか?」
「知っている味だからな」
「いっこ、マルっともらっていいんですか? 返しませんよ?」
「誰が一つそのまま食えと云ったんだ。ほら、半分持っていけ」
「おおっ! 先生太っ腹! ありがとうございます」
言ってみるものだと思いながら、あんずシロップのサバランも口に運ぶ。
ラムの濃厚な香りとはちがう、さわやかさを感じる甘さだ。
両方を交互に食べていると、水分を取らないまま、いつまでも食べていられる気がしてくる。
「しかし……君は本当に甘いものには目がないな」
「うち、和菓子屋ですからね。跡継ぎとして、美味しいものを食べるのも修行の一環です」
目の前で少女にしか見えない女性が笑っている。
ここで人が死んだとは思えない、和やかな空気だ。
三枝は、舞台が組まれている岩壁を見た。
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