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2章1 穴の中
国指定史跡である百穴の歴史は古い。
むき出しの岩山にいくつも空いた穴は、古墳時代のものと言われている。
埼玉郷土かるたでも吉見百穴は天然記念物のヒカリゴケの自生地として謳われている土地で、県民であればだれにとってもなじみのある土地だ。
もちろん、三枝にとってもそうだが、見るたびになんとも言えない気持ちになる。
いくつもの穴が空いた、むき出しの岩山は、まるで巨大な蟻塚だ。
カプセルホテルのように人が一人横たわるのが精一杯の穴は、墓所だったと言われている。
しかし、この地で史跡以上に強烈な自己主張をしているのは、その隣の大きな洞窟だ。
高さは3メートルほどだろう。189センチの紗川でも余裕がある高さだ。
昭和に取り付けられたのと思われる、古いランプに照らされた素掘りのトンネルは広く深い。
ほとんど進まぬうちに太陽の光は届かなくなり、レトロな明かりだけを頼りにするしかなくなる。
だがその明かりすら、全てを照らしてはおらず、ほとんど暗闇のような箇所も少なくない。
いや、全体で考えれば、明るい個所がごくわずかなのだろう。
その証拠に、三枝が足を止めている鉄格子の向こう側は明かりなどない。
真っ暗だ。
三枝はその奥を覗き、顔をしかめた。
錆びた鉄格子はこれ以上奥に進むなと主張している。奥がどうなっているのか、全く分からない。かろうじて手前に石が転がっているのが見える程度だ。
この先は、武蔵松山城跡の地下に続いているそうだが、行ってみたいとは思えない。
「武田信玄が、難攻不落の松山城を責めるのに使ったっていうもぐら戦法の穴もこんな感じだったんでしょうか」
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