237人が本棚に入れています
本棚に追加
枝垂れ桜が風に舞い、ゆらりと空気が揺らぐ。
かつてこの地では、数多くの合戦があり、数多くの剣士が死んだ。
そこにいるのは、彼がよく知る探偵の姿ではない。
彼は、かつての武士がどのようなものだったかなど、知りはしない。
だから獣のようだと思った。
――たとえば、黒豹……
泰然と立つ姿は、獲物を狙っていながらも、それを悟らせぬよう緩慢とした動きをしている野生動物を連想させた。
豹は狼のように走り回って追い立てるのではない。静かにゆったりとした動作で距離を詰め、一瞬で獲物を狩る。そこにあるのは、狩るものと狩られるものの駆け引きに他ならない。
探偵が犯人と言う獲物を狩る存在であるならば、今の探偵はまさに捕食者と言えよう。
構えることなく、泰然としている探偵は、獲物が見せる一瞬の隙も見逃さない。
ザリッと地を蹴る音がした。
相手が動く。
振り上げられた木刀が、探偵の首元に伸びるが、探偵はまだ動かない。
切られると思った。
木刀とはいえ、首に当たれば致命傷だ。
だが、探偵の長い髪が、ふわりと横に揺れた次の瞬間、倒れていたのは相手の方だった。
「え……」
助手は目を見開いた。
扇子が、小刀のように探偵の手に握られている。
これが本物の小刀であり、また命を奪うつもりであれば、倒された男の首元に、きらめく刃が刺さっていたに違いない。
誰もが息を飲む中で、桜の花だけが、揺れていた。
探偵の背を覆っていた長い髪がひと房、さらりと落ち、倒されている男の顔にかかった。
髪を結わえていた紐が、素早すぎる動きのせいでほどけてしまったらしい。
「……今、私がお伝えできる古武術は以上です」
探偵は男の喉元にあった扇子を引くと、体を起こした。
「ご満足いただけたでしょうか」
探偵――紗川清明は静かに微笑み、目にかかっている前髪をかき上げた。
最初のコメントを投稿しよう!