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少女がひとり、歌っている。
月が自ら光を放つように見えるほど強く輝く満月がそこにあるように感じた。
ひらりひらりと、桜の花びらが舞う。
太陽光を反射してきらめく花弁は、彼女の背の翼が飛散した羽の一枚一枚のように見える。
音の波が、三枝の魂を包み込み、淀みを洗い流していく。
全て錯覚だ。
頭のどこかでそう思うのに、体が軽くなるような酩酊感を覚えた。
「きよあきさん」
しかし次の瞬間に、その時は途絶えた。
それがどんな意味を持つ言葉だったのか、気づくまでに一拍ほど必要だった。
「翠さん」
紗川が少女をだきあげた。三枝はそれで彼女が座っていたことに気づいた。
天使に見えたのは、白いストールを肩にかけた小柄な少女だった。もちろん、天使の羽などない。
「足を痛めたそうですね」
「ええ。少々無理をしてしまいました」
少女が微笑むと、紗川は溜息をついて彼女の前に膝をつき、足首に手をのばす。
「手当はされているようですが……痛みますか?」
「大丈夫です」
長身の紗川が小柄な少女を抱き上げると、ますますその体格差が顕著になる。
少女は楽しそうに笑うと、足をプラプラと揺らした。タイツの上から包帯がまかれている。ひょっとしたら、保冷材のようなものを当てられているのかもしれない。
「翠さん、いつも言っていることですが貴女の『大丈夫』の信頼度は靴飛ばしの占いレベルです」
紗川の声は、しかるというよりも心配しているようだった。
眉間に皺を寄せ、ため息交じりに窘める姿は、年の離れた親戚の子供の世話をしているようにも見える。
(さすがに親子って程離れてはいないよな。俺よりちょっと下くらいの年だろうし)
と思っていると、首にスカーフを巻いた年配の女性がやってきた。
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