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「しかし、翠さんの足のことは代表の常陸先生が知っていたはずです――そうですよね、愛子先生」
「……え、ええ。もちろんです」
顎だけでうなずく仕草をし、スカーフの女性は「あちらで呼ばれているものですから」などと言いながら逃げていった。
それをため息交じりに見送った紗川は、フレームレスの眼鏡のブリッジを上げて、問いかけた。
「念のため伺います。本当に3時間も休みなしだったのですか?」
「皆様方の熱意がすごかったもので……わたくしもその意欲に飲まれてしまったようです。舞台の上が水平ではなかったようで、気付かないうちに疲労が蓄積されてしまったようでした」
「痛みは?」
「ほとんどありません。少しもつれてしまっただけです。どちらかと申しますと、わたくしが転んでしまったために皆様方の熱意に水を差してしまったのではないかと、それが心配です」
「では、本当に大丈夫なんですね?」
「ええ。休めば回復いたします。それに、小林さんが主治医に連絡を取ってくださいましたから、時間外で見ていただけることになりました。けれどそれも、念のための受診ですから、心配には及びません」
紗川はしばらく翠の目を見つめていたが、すぐに折れてため息をついた。
「分かりました。信用します」
「ええ、ですから、愛子先生を嫌わないで差し上げてくださいませ。熱心な良い方です」
「嫌いにはなりませんよ。好きになれそうにはありませんが」
紗川のものの言いに、三枝はツッコミを入れたかったが、黙っておくことにした。
三枝の基準で言うと、それは「嫌いだ」と言っているも同然だからだ。
「翠さん、遅くなりましたが紹介します。うちのアルバイトの三枝紬です」
紗川に抱きかかえられた少女は、小首を傾けて三枝を見下ろすと。花咲く様に微笑んだ。
「ごきげんよう」
まっすぐな黒髪がサラサラと揺れて輝く。透き通る様な白い肌というのはこのことを言うのだろうと思った。
ほくろひとつない素肌は内側から輝いている様に見える。
まるで人形の様だ。
本当に生きているのかどうか、不安になってくる。
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