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ただいま売店、と三枝は心の中でつぶやいた。
焼きだんごを食べた売店だ。同じ店、同じ席。
ただし皿の上にあるものと向かい合う相手は異なる。
目の前に座っているのは探偵ではなく、その従姉の翠で、皿の上にあるのはさくら味の五家宝。これは期間限定だ。
「さくら味の五家宝なんて初めてです。つむぎさんもいかが?」
翠に言われて紗川が購入したものだ。二本あるという事は、二人で食べていいという事なのだろう。
ちなみに、紗川は支払いを済ませた後、早々に立ち去ってしまった。
(なんか……いい匂いがしてくる……あ、きな粉もいい匂いなんだけど、そうじゃなくて!)
翠を見ていると心拍数が上がってしまいそうになるから、必死で五家宝を見ることにした。
五家宝はもち米を用いた伝統的な菓子で、埼玉の三大銘菓の一つと言われている。
もち米を加工し水飴を絡めて筒状にしたものに、きな粉をたっぷりとまぶしただけという、本来は素朴な菓子だ。
もちろん三枝は五家宝を知っているが、大きさがまるで違う。
「五家宝って、熊谷のお菓子ですよね。俺が知ってるのよりでかいんですけど」
「良く売られているのは食べやすい細まきですからね」
「へえ……そうなんですね」
通常の五家宝が親指程度のサイズに対して、この店の五家宝は直径も長さも二倍ちかい。
「大きさも珍しいのですけれど、こちら、期間限定さくら味なのです。びっくりでしょう?」
「さくら味? そんなのあるんですか」
「ええ。わたくしもここで初めていただいて、すっかり気に入ってしまったものですから。つむぎさんにも是非召し上がっていただこうと思いまして」
それで紗川に買い物を頼んだのかと合点がいった。
「はい。いただきます」
口を大きく開いて、サクリと歯を立てる。
その瞬間、桜餅のような香りが口内を満たした。春の味だ。ゆっくりと噛みしめると、独特の粘りがキャラメルの様で面白いが、出来たてだけあって柔らかい。
「桜餅みたいな感じもしますけど、おいしいですね」
「そうでしょう?」
嬉しそうに微笑む翠は、どう見ても大人には見えない。
==加筆・修正==
2018.7.6 五家宝表現中心
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