2章 来訪初日

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 ただいま売店、と三枝は心の中でつぶやいた。  焼きだんごを食べた売店だ。同じ店、同じ席。  ただし皿の上にあるものと向かい合う相手は異なる。  目の前に座っているのは探偵ではなく、その従姉の翠で、皿の上にあるのはさくら味の五家宝。これは期間限定だ。 「さくら味の五家宝なんて初めてです。つむぎさんもいかが?」  翠に言われて紗川が購入したものだ。二本あるという事は、二人で食べていいという事なのだろう。  ちなみに、紗川は支払いを済ませた後、早々に立ち去ってしまった。 (なんか……いい匂いがしてくる……あ、きな粉もいい匂いなんだけど、そうじゃなくて!)  翠を見ていると心拍数が上がってしまいそうになるから、必死で五家宝を見ることにした。  五家宝はもち米を用いた伝統的な菓子で、埼玉の三大銘菓の一つと言われている。  もち米を加工し水飴を絡めて筒状にしたものに、きな粉をたっぷりとまぶしただけという、本来は素朴な菓子だ。  もちろん三枝は五家宝を知っているが、大きさがまるで違う。 「五家宝って、熊谷のお菓子ですよね。俺が知ってるのよりでかいんですけど」 「良く売られているのは食べやすい細まきですからね」 「へえ……そうなんですね」  通常の五家宝が親指程度のサイズに対して、この店の五家宝は直径も長さも二倍ちかい。 「大きさも珍しいのですけれど、こちら、期間限定さくら味なのです。びっくりでしょう?」 「さくら味? そんなのあるんですか」 「ええ。わたくしもここで初めていただいて、すっかり気に入ってしまったものですから。つむぎさんにも是非召し上がっていただこうと思いまして」  それで紗川に買い物を頼んだのかと合点がいった。 「はい。いただきます」  口を大きく開いて、サクリと歯を立てる。  その瞬間、桜餅のような香りが口内を満たした。春の味だ。ゆっくりと噛みしめると、独特の粘りがキャラメルの様で面白いが、出来たてだけあって柔らかい。 「桜餅みたいな感じもしますけど、おいしいですね」 「そうでしょう?」  嬉しそうに微笑む翠は、どう見ても大人には見えない。 ==加筆・修正== 2018.7.6 五家宝表現中心
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