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3章1 空中ブランコの安全性
タクシーで百穴までやってきた翠は、受付前で一人の老婆に出会った。
「ちょっとすみませんけどね、このあたりで舞台を作ってるって聞いたんだけど。この中なのかねえ」
ふくよかな老婆は人懐こい笑顔で話しかけてきた。
「舞台……オペラのことでしょうか」
「そうそう、それ。今度の夢灯路でやるやつね」
「失礼ですが、関係者の方ですか?」
「菜摘に孫がいるんだよ」
なるほど、と翠は頷いた。
劇団菜摘が今度のオペラの中核を担っている。
翠はここに来る前に聞いた話とホームページで見た情報を思い返しながら老婆を見つめた。
菜摘は、地元高校の教頭である常陸忠雄と妻の愛子が中心となって作られた劇団だ。愛子が音楽大学准教授であることから、幅広い『舞台』を作っている。
これまで上演したものは、芝居だけではない。オペレッタやミュージカルも含まれる。
ミュージカルもオペレッタも、ストーリーを知らない人も楽しめるよう、工夫がされているカジュアルなもので、独自の演出が人気らしい。
今回の舞台は、この菜摘が中心だ。
菜摘は素人の集団だ。予算の都合でオペレッタしかできなかったが、今回は初めてのオペラという事で、メンバーの意欲はとても高いと聞いていた。
地元出身という事で市長をとおして出演依頼が来た時には「勉強中の学生の役に立つことができれば」とボランティアの気持ちで引き受けた。
本番が近づいたら、二度三度合わせればよいだろうと思っていたのだが、オリジナルの楽譜が届き、それと同時に舞台設営まで自分たちで行っていると聞いて、興味がわいた。
さらに、空中ブランコがあると聞いて、いったいどんな舞台になるのか、好奇心が刺激された。
だからスケジュールを調整して現場まで足を運んだのだ。
実際に見てみたいと思った。
しかしどうやら、好奇心を刺激されてしまったのは、翠だけではなかったようだ。
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