1章 容疑者たち

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 長い髪は奉納演武のため。  土曜に昼過ぎまで眠っているのは、金曜は深夜まで稽古を手伝っているから。 (まったくさ。ずうっと、ただのかっこ付けで伸ばしてる髪と、ただの寝汚い人だと思ってたよ)  昼過ぎまで寝ている理由がわかったところで、土曜の放課後に出勤して来たバイトに起こしてもらう上司の行動は模範的とは絶対に言えない。 (ほんっと、顔がいいだけに残念だよ)  部下の心の中の苦情には全く気づいていない上司は、まるで決闘を終えた騎士のように倒れている孝雄に手を差し伸べている。 「高梨さん、大丈夫ですか? どこにもあててはいなかったはずですが……」  倒された孝雄は土の上にあおむけに倒れたまま、呆然としていた。  一瞬のことで何が起きたのか分からなかっただろう。  三枝は自分と同じだと思った。  当事者ほど、見えていないことがある。  三枝は、上司の動きをつぶさに見ていた。だから何が起きていたのか分かっている。  閉じた扇子で刀身をとらえて流した紗川は、流れるように孝雄との距離を詰め、自分に向かってくる動きを利用して倒し、そのまま、首元に扇子の切っ先を突きつけた。  本当に瞬きをする間に雌雄が決してしまった。  声をかけても動きそうにない孝雄に、紗川は手を差し出し、起きるのを手伝ってやっている。 「いやいや、お見事!!」  その一言を切っ掛けに、賞賛と拍手が上がった。
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