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【2】
「拓哉、先に昼めし、行っていいぞ」
先輩の友永さんに声をかけられるのと同時に、遺失物係のメールアドレスに着信があった。中学生の少年からだ。家の鍵を失くしたらしい。友永さんに伝えると、「電話は俺がかけておくから」と言ってくれた。
俺は席を離れて休憩室に向かった。家の鍵がいくつか届いていたのは知っている。どの駅で拾ったものでも、写真に撮ってパソコンに入れてある。鍵ならば、落とし主の元へ戻る確率は高いだろう。
「傘、今日もけっこう集まりそうですね」
アルバイトの金森がお天気ニュースを見ながら言った。夕方だけ、雨になる。こんな日は、雨の後の時間帯に、透明のビニール傘が車内のいたるところに残されていく。
「傘は悩みのタネだよね。まず取りに来ないし、来ても数が多すぎて見つけられずに諦める人も多いし」
最年長の春日さんが、新聞に目を落したままため息を吐いた。
朝のうちにまとめて注文を取る、弁当屋の日替わり弁当に俺が手を伸ばすと、
「あれ? 川原くんは、今日も愛妻弁当じゃないの?」
と聞いてきた。
「さっそくリタイアかい?」
春日さんも以前は愛妻弁当派だった。だが、四月に下のお子さんが大学生になると、奥さんから弁当作りをやめたいと言われたそうだ。「もう愛されていない」だの、「子どもたちのついでに、お情けで作ってくれていただけだなんだ」だの、ひとしきり自虐に浸っていたが、さすがにもう諦めたようで、大人しく注文弁当組の一員になっている。
「面倒だって言われたのか? 新婚なんだから、愛情が冷めたってわけじゃないだろう? まあ、今の若い女の子じゃ、朝、弁当なんか作ってる暇はないよな」
ウチの娘なんか、と話を続ける春日さんに曖昧に頷く。横から金森が口を挟む。
「だけど、川原さん、急に結婚するからビックリしましたよ」
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