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顔をあげた。真っ直ぐ私をみている。
奏ちゃんの頬に両手で触れた。それから唇に、唇を押しつけた。
目も合わせられずに、そのまま奏ちゃんの肩に顔を押しつけた。溢れる想いを、言葉にはできなかった。それでも伝わったと思う。受け入れてくれるはずはないとわかっていても、押し殺し続けるのは限界だった。
奏ちゃんが呼吸するたび、胸元が動くのが伝わってくる。ゆっくりと深く呼吸を繰り返している。
お互いに、しばらく動かなかった。
私の背中に右手を回して、軽くたたいた。どうしたらよいかわからずに、じっとしていた。
「俺は」
奏ちゃんが両腕で私を引き寄せた。
「りこを失わないためやったら、何でもできんで」
胸に顔を埋めたまま頷く。目を開けると、私の涙が奏ちゃんのTシャツにしみこんでいた。大きな手で優しく頭を撫でてくれた。奏ちゃんが私に頬を寄せる。
「りこより大事なものなんて、この世に存在しいひんのやから」
その声はとても近くて、私を廻る血液のすべてに波紋を広げていく。
目を閉じて、もう一度頷く。 優しい香りに包まれ、穏やかに満たされていく。私は確かに守られている。
恋してはいけない人。
それならば、奏ちゃんに抱くこの感情に名前はいらない。
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