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【エピローグ】そして、すべては変わり続ける。
出張を終え、母が帰ってきた。久しぶりに会う。
北海道で美味しい物を食べたせいか、心なしか丸くなっていた。
母は結局、奏ちゃんから、私のけがの内容や程度を知らされ、北海道めぐりはせずに戻ってきたのだ。
私の左手には、白い包帯が巻かれている。痛みは、変に力を加えなければたいした事はなかった。
「あほやなあ」
私の左手を眺めながら母が言った。
「ごめんなさい」
母にしては珍しく旅をする気分になっていたのに、台無しにしてしまった。荷物の大半は宅急便で送ったらしく、ハンドバッグのみ持っていた。
「お土産は、後日届くしな」
母はそう言ってため息をついた。
「奏から大体のこと聞いて、本末転倒いうか、私は何をしてたんかと思った」
私の頭をなでた。
「あんたにだけは、みじめな思いや、不自由な思いをさせたない思って仕事に励んどったのにな。あんたのことは奏に任せきりになっとった」
母はもう一度、深いため息をついた。
「奏が、あんたと暮らしたい言うてきたんやけど」
私を見つめる。
「あんたはどうしたいんか?」
母を見つめかえす。
「私は……奏ちゃんのそばにいたい」
母は目を閉じて、何度か頷いた。
「あんたはやっぱり私の娘やな」
わずかに目を開けて私をみる。
「あんたは、私がほんまに心から尊敬して、一生これ以上の人には巡り会えへんと思った人の子やから。あの人の願い通りに生きていったらええんや」
今まで、私の父親について語ったことはなかったのに、驚く。
「社会の規範や倫理に囚われずに、自分の心に忠実に生きたらええんやで」
言い切った後で、少し頬を緩めた。
「顔をみたら、あんたがもう大丈夫なんはわかる。北海道観光してきたらよかったな」
母は突然立ち上がると「事務所ですることあるから、行くわ」と言って、私に背中を向けた。
「もう、行くん?」
「さっさと奏のとこに行き。もう、あの子に心配かけるんやないで」
振り向きもせずに、部屋を出て行った。
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