それは突然かわりはじめる。

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 バランスを崩してだれかの白いシャツに顔を埋めた。とっさに腕にしがみついていた。額に硬い何かが当たって痛かった。目の前に、平らな胸ポケットがある。他人の汗のにおいを吸い込んだせいで、心拍数があがった。慌てて体を離すと、見知らぬ男子が立っていた。鬱陶しい前髪の隙間から不審そうに私を見詰めていた。開襟シャツの襟元に手を差しこんで、鎖骨のあたりをさすっている。 「ごめんなさい」  わけもわからず謝ると、相手は口の端を片方だけあげた。 「まあええけど、これ大塚に返しといて」  突然、新品のように真っ直ぐな教科書を差し出された。反射的に手を出す。 「手のひらに型いってんで、あほやな」  確かに赤い痕があった。むっとして、右手を引っ込めようとしたが、教科書を手に放り出されて、落としそうになった。なんとか腕と体とで挟んで受けとめた。 「なっ」  顔を上げると、すでに男子の背中は遠くにあった。教科書を持ち直して、幾何学模様の表紙を眺めて考えた。 「なんなん、今の」  おさまらないものがあったが、仕方なく教室に戻った。
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