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夏休み前だと言うのに、クラスの男子の名前をあまり知らない。歴史上の人物の名なら、複雑な横文字であっても覚えられるのに、なぜか近いはずの人たちの名が覚えられない。あちこちに散らばる男子を一人一人確認していく。大塚、大塚、聞き覚えはあった。
手に持った教科書を裏返すとひよこのような字で「大塚 結歌」と書いてあった。しばらく考えて、ユイカのものだと気づいた。ユイカの名字が大塚なのも、ユイカがこんなに詩的な漢字だったのも、すっかり忘れていた。
女子の名は、苗字か名前か片方だけでも覚えるようにしていた。並ぶ机を避けながらユイカに近付いていく。
「なにそれ、やばいやんか、まじやばいで」
ユイカとグループの女子達は窓際にたむろしている。奇声を上げて盛り上がっていた。ユイカはシンバルを叩く猿みたいに手を打ち合わせながら、体を上下に揺らしている。下品な笑い。ユイカの視界に入るよう回りこんだ。「これ」と言って、 教科書を差し出した。
「うそ、トオル来てたん? どこ?」
ユイカは教科書を奪いとると、いきなり駆け出しドアも閉めずに教室から出ていった。開け放たれたドアをみて、溜息をついた。
ユイカのグループはとにかく騒がしくて好きではない。この高校にユイカみたいな子が紛れ込んだ理由がわからない。それを言ってしまうと、私も異物になってしまうけれど、勉強したい人だけが受ける高校だと思っていた。
私はこの高校の申し子のような地味な子の集まりにとりあえず所属している。深い付き合いはないけれど、移動やお弁当の時間は一緒に行動する。放課後は塾通いの子ばかりだから気も楽だ。
高校に人とのふれあいを求めてない。授業さえ滞りなく受けられればいい。別に一流大学を狙うわけでもない。適当な大学に進学して、適当な会社に就職して、適当な人生を送る。いっぱいいっぱいの人生は送りたくない。余力を大いに残しておけるポジションがベストだ。世の中には頑張ってもどうにもならないことばかりなのだから、夢なんかみてはいけない。
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