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「いらんから」
トオルは面倒くさそうに返した。あらためて聞くと、顔に似合わない低い声をしていた。
「それなら私にくれたらよかったやん」
トオルは鼻で笑った。
「その子、欲しそうにしとったしええやん」
また壁に視線を戻した。
「別に欲しがってへん」
私は必死で首を横にふった。
「ほんまに、お腹いっぱいやねん」
上手く笑えた。ユイカの無理して抉じ開けたような目は、充血していて怖かった。多分、何を言っても取り繕えない。少しでも早く部外者になりたかった。飲みかけのコーヒーを載せたトレーごと立ち上がった。
「出よう」
陶子も小刻みに頷いた。
「うん。出る。出る」
立ち上がった。
外は息苦しいほど暑かった。店を出たとたん陶子が堰を切ったように話しはじめた。
「びっくりしたな」
陶子が、今まで見たことのない極上の笑顔を見せた。
「彼氏の方、あほとちゃうか」
私は、はきすてた。
「私もあほや思うわ。オグラのやつ成績は悪ないけどな」
陶子は私の肩に手を置いた。
「りこに目え付けたかも知れん」
「は?」
思いがけない言葉に顔をしかめた。
「中学の頃から手ぇ早いて有名やってん。気いつけとかんと危ないで」
「大丈夫、ありえへんから」
あんな気だるそうな男は嫌いだ。トオルの波打つワカメみたいな前髪から見え隠れしていた、人を見下した目が気に食わない。もう関わりたくないと思った。
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