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土曜日にはよく、奏ちゃんの家に遊びに行った。会いに行くために、土曜の特別講座を申し込んでいないのだ。本当は日曜にも行きたいけれど、さすがに休みを全て取り上げるのは気が引けるから、我慢した。
一人暮らしなのに、奏ちゃんの家は我が家よりも広く、母の言うにはルーフバルコニー付きでメゾネットタイプの高級マンションだった。建物の端が棚田のようになっていて、一つ下の部屋の屋根が奏ちゃんのバルコニーになっている。
マンションに近づきながら、初めて三人でここへ来た日を思い出した。
「広いからいくらでも人が呼べそうやろ」
「広すぎてかえって誰も呼ばれへんよ」
「奏、あんた何年ここに住むと思てんの。そのうちここに似合う男になったらええねん」
「まだちゃんと卒業できるかも、国家試験に受かるかも、就職できるかもわからないのに、こんな家おかしいやろ」
「あほ。あんたが家にあわしていくんや」
「はいはい。もうええわ」
二人は姉弟なのに、ぜんぜん似ていない。年が離れているせいかもしれない。いつも笑えないボケと突っ込みでかみ合わない。細身で長身の奏ちゃんと、小柄で丸い感じがする母は外見のタイプも違う。考え方も不思議なくらい合わない。
マンションの入り口にあるインターホンに立つ。数字のボタンは、金属製で丸く、くっきりとした数字が彫ってある。奏ちゃんに最高の笑顔が見えるように気をつけてから部屋番号を押した。何も言わなくても自動扉が開き、マンションの中へ入れた。
三階でエレベーターがとまり、出ると、玄関扉を開けて待っていてくれた。休日はいつも無精髭を生やしてTシャツにジーンズ姿だ。優しく「おはよう」と微笑む顔を見ただけで、私は幸せな気分になる。玄関に入ると、サンダルのかたいヒールが大理石をたたき、靴音が響いた。騒々しいサンダルを脱ぎ捨て、部屋に降り立つと、冷たかった。
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