プロローグ

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   惨状――  島崎彩は、両手で口元を抑えたまま動けなかった。不快感に顔をしかめている。しかし、不思議と目を逸らすことが出来ない。瞼が固まってしまったかのように、目を見開いていた。 「何これ、ちょっ……、可哀相――」  最初にその異変に気付いたのは妹の加奈だった。 「ねぇ、お姉ちゃん……、ちょっとこれ見てみて」  少しはなれた道路の向こう側。その側溝脇から加奈が身振りを交えて彩を呼ぶ。そして、しゃがみ込んだまま何かをじっと眺めていた。  夏の終わりを告げる、さわさわとした風が心地良い。色付きはじめた木々に、誇らしげにぶら下がる果実の匂いも運んでいる。  その風に揺らめいている。せかされているかのように、彩の淡い栗色の髪が踊っていた。  加奈の生き物好きは知っている。好きを通り越して、彩の目には異常に映る時もしばしばだ。男の子でも怯えてしまうような生き物にも、平気で手を差し延べる。  加奈の掌の上で、毒々しい愛想を振り撒いている虫達。それを見て、幾度となく背筋を震わせた事のある彩だった。今回もまた虫か蛇などの類、薄気味悪い生き物に夢中なのだろう。そう思いながら近寄る彩の足どりには警戒の色が見える。  恐る恐ると、しゃがむ加奈の背後から、覗き込むように首を伸ばす。その直後に彼女の心臓から、どくんという、張り裂けそうな鼓動が全身に拡がっていく。加奈の掌に横たわる物を見た瞬間だった。彩は瞼を見開き、唖然としていた。 「い、嫌っ! 加奈っ! そんなもの持って来ないで!」  その生き物は大の苦手。掌の上に置ける感覚が理解出来ない。後退りしながら彩は叫ぶ。そして足が止まる。眼下に視線を落とす。ぎょっとする。その目は泳いでいた。  それは異様な光景だった。トカゲが死んでる――  しかも、とんでもない数だ。足元のいたるところに転がっている。トカゲなんて最近は、あまり見かけなくなった。なのに、どこからこんなにも集まってきたのだろう? そう思うと一気に寒気が襲ってくる。背筋を刺激する。  口の中に饐えた匂いが広がるような錯覚。それを唾とともに呑み込む彩。歯ががちがちと鳴っている。胃の中のものが喉に迫り上がってくる。  島崎彩は茫然と立ち尽くしていた――
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