推理

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推理

「そうでしたか、お気の毒に……。お二人が倒れたのは、同じページだったんですか?」  彼は不思議そうな顔を私に向けた。 「いや、違う筈だ。それぞれ別のページに口紅の跡があるから分かる。」 「その原稿はまだありますか?」  彼は困った顔で答えた。 「ああ、まあ、あれからずっと鍵のかかった箱に入れてある。破り捨てようかとも思ったんだが、小説の中に彼女たちが生きているような気がして、」 「なるほど……あり得ない事かもしれませんが、小説の中に彼女たちが今も生きているとすれば、私達が会いに行く事も出来るかもしれませんね。良ければ、原稿を見せてもらえませんか?」  柴田氏は目を丸くして、手を私の肩に当てて言った。 「何を言うんだ、昭(あきら)君。君まで失ったら、」  私は彼の言葉を遮り、自分の考えを説明した。 「あ、いや、仮に、魂が小説に吸い込まれる瞬間というのがあるとすれば、お二人が異なるページで亡くなったということから推理すると、小説を読む際、感情移入した登場人物がそれぞれ異なっているということもあり得ます。例えば、由紀子さんならヒロイン、もう一人の女性は飲み屋の女、あるいは、その日放っておかれたわけですから片思いの女、という具合に。柴田さんなら主人公、私なら友人の男とか。それらの登場人物が、扉を開けるとか、眠るとかそういうある特定の状態になった時に吸い込まれるのではないでしょうか。とにかく、どこでそうなったかを探る際に感情移入させなければ問題はないでしょう。柴田さん、まず読ませてもらえませんか?」  彼は無言のまま、どこを見るという訳でもなく、視線を正面の壁辺りで泳がせた。 「もし、また由紀子に会えるのなら、そのまま死んだって構わない。」  彼はそう呟いた後、私の方を向いて強く言い聞かせるように言った。 「しかし、君を死なせる訳にはいかない。とりあえず、問題の二つのページだけを読んで、それからまた話そうじゃないか。絶対に無理は禁物だぞ。」 「はい。」
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