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由紀子のページ
秋子が西条家の屋敷を出ると、最近、総二郎と共に歩いた、想い出の竹林の道に向かった。彼女は、石垣の大通りにある文具屋の角を左に曲がって竹林の横道に入った。このまま暫く行くと、総二郎と夕方に会う約束をしているダンスホールの直ぐ側に出る筈だった。そこは、道の両脇に竹が密集して生えており、道との境を竹組みで仕切られていて風情があった。秋子は傾いて行く日の光が差し込む竹林の光景を楽しみながら歩いた。人は一人も通っておらず、下駄の小刻みな音と時折聞こえる鳥の囀りが竹に跳ねてお囃子のように聞こえ、竹は、風にたおやかにしなった。彼女が想い出に浸るには十分な景況であった。
その日は、総二郎が、趣のある小径があるというので、ここへ入り、同じように竹林の音を聞きながら共に歩いた。
「ここを抜けると、ダンスホールの通りに出るんです。竹が、当たり前の事ですが、真っ直ぐに伸びていて、なんとも、浄化される気持ちになります。」
秋子は、この時既に清々しい総二郎に想いを寄せるようになっていた。
しかし、長く一人で歩いていると日が翳り心細くなって、途中、青い前掛けをした地蔵の小さな辻で右に入り、石垣の大通りに出ようとした。しかし短い隧道を抜けると、鬱蒼と木が茂る中、目の前に石段が高く続いていた。
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