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「ふふ。この顔も、あなたのおかげで、この年まで傷一つない美貌を保てたわ」
「ありがたきお言葉を頂き光栄です」
男の指先で、涙が徐々に結晶化していく。
それは一切の曇りのない澄み切った色をしていた。
「あの時まで、こんなことになるなんて夢にも思ってなかった。誰も私を必要としてなくて、身を守るために男のフリまでしていたくせに、死ぬことを考えた時もあった。あぁ、本当に、こんなふわふわのベッドで、誰かに看取られていけるなんて今でも信じられないわ」
「信じられるようになるまで、もう少し生きてもいいんだよ」
「無茶言わないで。これでも長生きしたほうなのに」
女性は、今では真っ白になった黒髪を揺らし、翡翠色の目を細めながら懐かしむような声で続ける。
「それでも、ふと思い出すのはあの茶色の景色なの。捨て子だった私が自立出来るようになるまで、あそこの誰かが面倒を見てくれていたんだろうし、何もない所だったけど、私の原風景には、変わりないの……」
そうして女性は、男の顔をはっきりと見つめた。今となってはもういちいちときめいたりはしない。
あの時と何一つ変わらない、奇妙な格好をして瞳の中に空をたたえた初恋の人の顔を。
「ありがとう、ミール。私の魔法使いさん」
そう満足そうに呟いて、女性は目を閉じた。
柔らかな陽射しが、二人を見守るように降り注いでいた。
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