Prologue

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 物心ついた時にはひとりだった。  父親は悪事に手を染めた役人だとか、母親は薬に溺れた売春婦だとか。  こんなクソみたいな世界に俺を生み落とした責任を取ることもなく、既に土の下だとか。  女神エリシアールの教えのもと、世界を牽引するエルヴァンシエル王国。  そこから南に馬車で三日、国土の七割が砂漠に埋もれた古代都市群の遺産の山で、東西どちらの大海にも面していることから一大貿易拠点として発展したシエル=ザヴァール。  世界中から集まる名品珍品と創世時代の発掘品に群がる資産家連中の落とす金で私腹を肥やす一握りの商売人と、そのおこぼれのおこぼれを奪い合ってその日一日を生き延びることが精一杯なその他大勢の肉体労働者たち。観光地として整備された中央区を一歩外れたら、そこは無法者たちの天国だ。  荒廃した土壁と尽きることのない砂に囲まれた色褪せた茶色い世界が俺の人生の全てで、昨日手を組んで遺跡の探掘に出かけた片棒が、翌日には冷たくなってその辺の道端に打ち捨てられているのが珍しくない経験だ。  こんな世に生き長らえたいと思うだけの未練もなかったが、死という未知の恐怖を積極的に受け入れるだけの度胸もなかった。  何より、死んだ自分の肉体が同じように誰の目にも止まることなく野生動物に食い荒らされる光景を想像するのはもっと嫌だった――ずっとひとりで生きてきて、最期の時までひとりだなんて。  茶色に塗りつぶされた思考のなか、ただひとつ場違いに青く輝く宝石が、俺の孤独を嘲笑うかのように煌めいた。
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