Prologue

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「そっちはいたか?」 「見当たらねぇ、クソっ!どこ行きやがった」 「あいつが持ってる宝石の出所さえ吐かせれば一生遊んで暮らせるんだ。何としてでも捕まえるぞ」  追っ手の一瞬の隙を突いて逃げ込んだ先の路地裏で跳ねる鼓動を宥めつつ息を潜めていると、乱雑な足音と共に聞こえてきたのは苛立ちを顕にした男達の声だった。会話の聞き取りやすさから、自分の居場所からそう距離が離れていないことを察して緊張から生唾を飲み込む。  発育の悪いこの身体は雑踏に紛れ込みやすいとはいえ、所詮多勢に無勢。追い詰められていることに変わりはない。 (やっぱりこの町を出るしかないか)  無意識に右手が腰に括り付けた袋に伸びて中に詰め込まれたものの存在を確かめる。  指先に伝わる硬い感触は、荒んだ心を勇気づけてくれるようで、そんなことを思う自分に自嘲した。 ("お前"が元凶のクセにな)  傷が疼いたとき、人恋しさに耐えられなくなったとき、理由は様々だが泣きながら眠りについた翌朝。腫れぼったい瞼を無理やり開き、涙で霞んだ視界に飛び込んできたのは、朝日を浴びてキラキラと輝く青、碧、蒼――いままで見たことのない程の美しい光の洪水だった。どんな原理かは分からない。だがそれは、俺が泣いた後にいつも必ず現れた。  青空を閉じ込めたような輝石。  まるで女神様からの奇跡の贈り物のように。  しかしそれが傷を癒やしてくれる訳でも、孤独を慰めてくれる訳でも、もちろん空腹を満たしてくれる訳でもなかった。使い道のないものを無駄に抱え込んでいても動きに支障が出る。"人魚の涙は真珠になる"。そんなおとぎ話のような不思議な石を手放すことは憚られたが、せめて生活の足しになればと時間と場所を変え少しずつ少しずつ古物商に流した。  貧民街の子供の持ち物に値がつくことはそうあることではなく、そもそも門前払いされることがしょっちゅうだったが、この宝石の美しさは腐っても貿易で栄える国で商売をする人間を唸らすだけの価値はあったらしい。品を見せれば掌を返して交渉を持ち掛けかれ(それでもしっかり買い叩いてきたが)値をつけられ、一粒が数ヶ月分の生活費に化けたときは乾いた笑いすらでそうになった。  女神様届け先間違えてんぞと同情の眼差しを添えて。
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