Prologue

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 宝石が現れるようになってから三年。  その間にも、抑えきれない感情が涙として発露する度に宛先違いの奇跡は増え続け、今では片手で掴みきれないほどの量になった。  この土地は、人間関係は希薄なくせして常に誰もが虎視眈々と他人の足を掬う機会を狙っている。少しでも羽振りの良さを見せようものならすぐさま疑惑の的にされることは目に見えており、それを避けるためにも石の取り扱いに普段の生活にと、今までとは別の方向で何重にも注意を払って暮らしていた。いつか貯まった石を元手に町を出ようと胸に秘めて。  直近で利用した古物商が、「不相応な宝石を持ち込んだガキがいる」との情報を、ここ一帯で幅を利かせるならず者集団に売るまでは。  今にして思えば、あの薄らハゲの脂肪の塊はいたく宝石をお気に召していたようだから、あわよくば入手先を吐かせて宝石を独占しようとでも欲をかいたのだろう。商売人の風上にもおけない下種野郎だが、命に関わる重要な取引相手を見誤った自分の浅慮が何より腹立たしい。  その結果が今朝からの追いかけっこである。  ――本当に女神様はとんだ贈り物をしてくださった!  ここで一旦は落ち着いた呼吸がまた早まりそうになったのでどうにか気持ちを切り替える。そう、今はとにかくこの状況を切り抜けるのが最優先だ。  あいつらが欲しがっているのは宝石の出処だ。  素直に真実を述べたところで『涙が宝石になりました』なんて与太話を信じるような夢見る少年の心の持ち主などいるはずがない(実際俺ですらまだまともに受け入れられない)し、かと言ってありもしない入手方法をでっち上げてもわずかな時間稼ぎにしかならない。どちらにせよ不興を買って頭と体が永遠のお別れを告げるだろう。  実際に宝石ができる過程を見せれば命だけは助かるかもしれないが、そうすれば死ぬまで金を生む家畜として一生を縛り付けられるのは想像に難くない。結局は捕まったら最後、待っているのは不幸な死だけだ。何としてでも逃げ切るしか道はない。  いつの間にか男達の声は聞こえなくなっていた。別の場所を探しに行ったのだろう。これを好機と自分も身を移そうと腰を浮かせた―――その時だった。 「やぁ。探したよ」  気配もなく背後から掛けられた穏やかな声に血の気が引いて振り向くと、視線の先に立っていたのは宝石と同じ色の瞳をした男だった。
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