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完全に不意をつかれた。
自分の心臓の鼓動がうるさくて、男が口を動かしているようだが何も頭に入ってこない。
「宵闇の髪、翡翠の瞳、小麦の肌、小柄で痩せ気味……うんうん。報告書通りだ」
逃げなければ。
逃げられるのだろうか、こんな、気配もなくこの距離まで近付ける男から。
「さっそくで悪いんだけど、僕についてきてくれるよね?この場所に未練があるって言うなら、そうだなぁ、ちょっと考えるけど」
この男の隙はどこだ。
足元まで覆うローブ、鍔の広い三角帽子、肩に纏ったマント、身を包む全てが光を飲み込むかのような漆黒で、冗談で木の杖でも持たせてやりたくなるくらい時代錯誤な格好だ。有り体に言えばそう、寝物語に語られる女神を誑かす悪い魔法使い。
「この世界はとても生きづらかっただろう?君のせいじゃない、話せば長くなるんだが、全ては厄介な女神様が……って!」
考えるより先に足が動いた。男が思案のために意識を逸した瞬間に右足が男とは逆方向へ踏み出した。くぐり抜けてきた過去の経験が無意識にでも足を動かしたのだろう。
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