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なにかが唇に触れてすぐに離れた。鼓動が強く打つ。目眩がした。それでもうっすらと目を開けた。沢村さんと目があった。
「キスされた思ったやろ」
頬が熱くなった。
「思ったやろ?」
私はうつむいた。そうやって言うのは、違うからだろう。ほんの一瞬私の唇に押し付けられた何かは、唇のように柔らかだった。
「なんやったか知りたいか?」
私はさらにうつむいて、頭を横に振った。沢村さんの手が耳朶からうなじにかけて添えられる。
それだけで、背中まで感覚が広がっていく。軽く身を縮める。
沢村さんは親指で首筋をなぞった。うつむいたままで、私は感覚を逃そうとする。
「中島海渡君とはあんな感じやった?」
あの時は、暗かったけれど目も開けたまま、一瞬の出来事だった。
私は、とにかく頭を横に振った。
「意外……」
沢村さんが両側から私の頬を挟んだ。
「それなら、こんくらいか?」
強く唇を重ねてきた。舌で下唇をなぞられる。私は呼吸もできない。かわりに沢村さんの呼吸が、唇を割って入り込んでくる。
体から、力が抜けていく。
バランスを崩した。
唇を離し、私の腕をひいて戻してくれる。勢いがすぎて、胸に顔を埋めた。
不思議な香りを吸い込んだ。沢村さんの鼓動が、はやい。
私はこのまま、もたれ掛かっていたかった。沢村さんから直接伝わってくる熱に、うかされる。
息が苦しくて、何度も空気を取り込む。
誤魔化しようがなかった。
心も、体も、中島くんの時とは、明らかに違う反応をしめす。
沢村さんが私の肩に手を置いた。体を離す。
「悪い、ちょいやり過ぎたわ。俺も俺にビックリや」
照れているように見える。
私は、火照りを静めたくて、手のひらで頬や首もとを押さえていく。
「これ以上ここにおったら、もっといろいろ試したなる。とにかく出るで」
沢村さんは立ち上がった。丸めたネクタイをベッドの端に放り投げた。ドアに向かって歩き始める。
私は、うまく立ち上がれず、よろめいてしまう。
「年寄りみたいやな」
やっぱり口が悪い。
「掴まりい」
私に手をさしのべる。
手を引かれて、寝室を出た。
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