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「遥こそ、ピアノ弾けるんか?」
沢村さんは何も気にせず話題を続ける。
「少しだけ」とこたえる。
「弾きたかったら弾いてもええよ」
誰にも触らせないなどの拘りはないらしい。
白いグランドピアノには、ピアノを習っている女の子なら一度は憧れる。弾いてみたいけれど、沢村さんに聴かせられるようなものではない。
大人になってからはクラシックよりはJーPOPのピアノアレンジやテレビ番組のテーマソングばかり弾いていた。
「せっかくやし、なんか弾いてや」
「そんなにうまくないので」
「俺よりうまかったらそれでええよ」
沢村さんは本当に弾けないのだろうか。
私の返事は待たずに、ピアノの蓋を開ける。椅子を引き出した。
「はよ」
ひどい急かしが始まる前に、席につく。実際鍵盤を前にすると、弾きたくなった。
とにかく美しいピアノだ。
高校の時、音楽室で弾いて盛り上がった曲を選んだ。弾き始める。弦が長いだけによく響く。
一部分だけ、軽く弾いて終わらせた。
「結構、うまいやんか。その曲聴くと、リフォームしたなんな」
「また、他のも家で練習しておきます」
沢村さんが私の頭に手のひらをのせる。
「遥は良い子やな。またうちに来る気い、ありありやん」
鍵盤を見つめる。
「まだ、お金も数え終わってないですし……帯封もしたいですし……」
言い訳をしてみても、何も誤魔化せない。
「遥のそういうとこ、ほんまにええと思うわ」
沢村さんは私の髪を撫で下ろした。
「しかし、ピアノの音って性格出るんやな。穏やかで……一音一音を丁寧に扱う」
肩に手をのせられる。重みがかかる。
「晩飯でも食べに出るか?」
いつの間にか 、6時過ぎだった。
「食べたいもんは?」
私は考える。イタリアンか、中華か、この沢村さんとなら、お好み焼きが似合うかもしれない。
「あっ、この格好やったら、裏の居酒屋くらいや。面倒やけど着替えるしかないな」
私は振り向いて沢村さんをみる。
「ネクタイ、好きなん選ぶか?」
沢村さんがいたずらっぽく笑って、ウインクをした。
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