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二人きりになって、緊張していた。沢村さんが深いため息をつく。
「このまま、帰りますか?」
なんと答えていいかわからない。
「空腹でしょう。何か食べに行きますか?」
私は、つい頷いてしまった。
「少し離れましょう」
自分でも、駄目なのはわかっていた。今ついて行ったら、私は沢村さんを好きになってしまう気がしていた。
何もかもが理想的だった。見た目だけじゃなく、気が利いて、知的で、さりげなく優しい上に、芯のようなものを感じさせる。
歳は、私とそうかわらない気がする。本当に素敵な人だ。
ビルの外に出て、少し歩いた。夜風が心地いい。
「何が食べたいですか?」
訊かれてもすぐにはこたえられない。
「とにかく、京都駅へ向かいましょう。タクシーに乗るほどでもないですが……」
そう言ったけれど、歩道の端にいって、タクシーをとめた。
タクシーの中で、沢村さんは細谷さんに電話をしていた。病院に連れて行くと言っていた。細谷さんの声が漏れ聞こえる。
「はい、伝えておきます」
沢村さんは電話をきった。
スマートフォンを上着のポケットにしまって、内ポケットから長財布を出した。見ていると、指輪をはずして、財布にしまった。
目が合った。
「慣れてないので違和感があって」
つけていただけなのかもしれないと期待してしまうが、怖くて訊けなかった。
京都駅までは、すぐそこだと思っていたのに、道が混んでいて時間がかかっている。歩いた方が早かったかもしれない。
「あなたは、育ちがいいんでしょうね」
沢村さんに言われる。
「そんなことは……」
「もう少し、警戒というか、人を疑うことを身につけた方がいいですよ」
褒められたわけではなかったようだ。
「あなたの友達……」
沢村さんに言われて千尋のことを思い出す。
「連絡いれないと……」
バッグからスマートフォンを出すと、クスっと笑う声がきこえた。
「彼女はあなたと帰る気はないから、大丈夫」
千尋と話したんだろうか。
「細谷さんの絡んだ交流会は、いつも断っていたんですよ。今日は、銀行員が来ると聞いたから気が向いて出てみましたが、一人は信用ならないし、あなたはあなたで」
沢村さんは、黙った。
もうすぐ、京都駅に着く。
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