1135人が本棚に入れています
本棚に追加
「試しに行こかな」
私は、気まぐれにそう言った。千尋は早速申し込んでおくと言っていた。
「会費は二千円やで」
「へえ、安いんやな」
会場も銀行から近かった。
お好み焼き屋の前で千尋と別れた。千尋は阪急電車で帰る。私は市営バスを使う。タイミングよく私が使う系統のバスが来た。乗り込む。
千尋が転職を考えているのは驚いた。
バスに揺られながら、異業種交流会について、スマホで検索をかけた。婚活の色合いが強い物もあるようだ。
銀行の窓口業務はつまらない。番号札を引かれてから、呼び出すまでの時間まで記録され、月に一度は、会議を開いて『待ち時間を短くする方法』を話し合う。
伝票には、いろいろと細かい決まりごとがある。お客様はよく間違ってしまう。窓口に来られてから間違いに気づくと、その訂正に時間を食う。処理が終わるまで、次の人を呼べない。
番号札を引かれる前に、伝票を完璧に記入してもらう。それが待ち時間を短くするコツなのだ。
なんて縮こまった世界だろう。
だからと言って、営業職へコース替えをする気もない。融資も法人も向いてない。
今時、結婚したからといって仕事を辞められるわけではない。
一昔前、女性行員は、男性行員のたんなる花嫁候補だったらしい。
私には、銀行員とだけは結婚したくないという思いがある。歓送迎会や親睦パーティでの乱れ方が尋常じゃない。大先輩が言っていた。
「知り合いのホテルマンからきいたんやけどな。こういう席で会場に迷惑をかけるのは、警察官、銀行員、教師の三本柱らしい」
他は知らないけれど、男性陣が大声でエール交換を始めると、私は他人のふりをしたくなる。
今は、女性にも出世の道が開かれ、支店長も数人誕生した。
私には出世欲はない。結局、私が欲しいのは、銀行員という、中途半端なステータス、信用力でしかない。
縮こまっているのは、私自身だ。
異業種交流会には、とりあえず出よう。
その後は婚活を始めよう。
『まだまだだと思っていたら、いつの間にか三十路になってた』私の周りにはそんな先輩ばかりだ。
私には仕事に生きる覚悟も能力もない。
最初のコメントを投稿しよう!