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「泣いたり怒ったり忙しいな」
「沢村さんが悪いんでしょう!」
私が非難すると沢村さんは、嬉しそうに笑った。
「本音で語りあってこその友達やからな。その調子やで、遥」
突然名前で呼ばれて、どきっとしてしまう。くやしい。
沢村さんは、顔も良くって声も良くって、それなのに、性格は最悪だ。
保険の説明を受けたときの感動と、この数日のたくさんのときめきを返して欲しい。
「私、クーリングオフしますから」
にらみつけた。
沢村さんは片方の眉を上げた。
「残念……医師の診査を受けた後は、クーリングオフできません」
私は、怒りで頬が震えた。体が熱くなっていた。
「帰ります」
「それはあかんよ」
沢村さんが言う。
「帰るんは、気に入らんこと、全部言ってからや」
そんなことを言われても、一目惚れした人が思っていたのと違っていたとか、営業トークに引き込まれて、すぐに保険の契約をしたとか。
考えたら、悪いのは私だった。素敵な人に出会えたから少しでも話がしたくて、自分から保険の相談をした。
私は、情けなくて泣いた。
俯いて泣いていると、視界にボックスティッシュが入ってきた。
引きだして鼻に押し当てた。
泣いているうちに段々と落ちついてきた。顔をあげる。
沢村さんは、私をみて、営業所でしたのと同じ優しい笑顔を浮かべた。
「俺は、必要のない保障は売らない。遥はこれから六十歳になるまで、十分な保障に守られ続けるし、為替次第とはいえ、掛け捨て部分の保険料を埋めるくらいの利回りで、老後資金を貯められる。それだけのもんを手に入れたんやから、きっかけなんてなんでもええやろ」
沢村さんは言っていた。
六十歳までに死ぬのは十人に一人くらいしかいない。高度障害になる人の確率もそう高くない。だからと言って、自分が無事だという保障はどこにもない。だから保険が必要なのだと。
「保障が必要な間はあなたを守り続け、役目を終えた後は、あなたを支える資金になる。いいと思いませんか?」
あの時の沢村さんの言葉が嘘だったわけではない。
「よく考えてみいや。今の俺が、今の口調で同じ事を言ったって、誰も契約せえへんやろ」
確かにそうだ。
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