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「音がくっきりしたような気がします。ありがとう」
お礼を言われて頭を下げる。
お客さんの家を出たらできるだけ早いうちに、たとえば停めておいた車に戻ってすぐに、今日の作業のメモを書く。どんな状況で、どんな調律を行ったか。お客さんはどんな音を望んでいたか。
音がくっきりしたような気がする、という感想も書き添える。くっきり、という単語はとても重要だ。どんな音色を望むのか、明確な言葉で説明できなかったとしても、ぽろっとこぼれる言葉から読み取れることがある。くっきりした音が、きっと今日のお客さんは欲しかったのだ。あるいはそう意識していなかったのだとしても、仕上がりの音を聞いて、いいなと思ってくれた。その証拠みたいなものを、もしくはそこにたどり着く手がかりみたいなものを、僕は集めているのだと思う。
宮下奈都「羊と鋼の森」
プレーヤーと調律師。わしはいい指導者に恵まれた。情けない音を豊かな表現でこれでもかと聞かされた。うーむそう聞こえるのかで改善する日々。
「才能っていうのはさ、ものすごく好きだっていう気持ちなんじゃないか。どんなことがあっても、そこから離れられない執念とか、闘志とか、そういうものと似てる何か。俺はそう思うことにしてるよ」
柳さんが静かに言った。
宮下奈都「羊と鋼の森」
んで91歳のブロムシュテットのマラ9を聴く。
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