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放送は絶え間なく流れてくるし、どうしようとやきもきしていると、ガチャ、とドアを開けて岡本くんが入ってきた。
「佐野さん、どうしたんです?」
「あ、お疲れ様です。ごめんなさい、放送は聞こえていたんですけど……」
岡本くんは、店長のデスクの上に置かれた、休み届けをチラッと見て、ニヤニヤした。
店長は受話器を持ちながら、ヘコヘコして話している。
「結婚式、楽しんで、お祝いしてくださいね」
岡本くんは私の休み届けをさっとデスクの上から片手で持つと、店長のデスクの引き出しを開けて、印鑑をポン、と押してしまった。
「これで休みはオッケーです、さあ、店に戻りましょうか」
店長は電話を終えることもできず、私たちを注意することもできず、あたふたとしている。
今日は朝市だから、開店時間がいちばん忙しい。
店長室が好きで、忙しい店が嫌いな店長は、出たくないだろう。
ドアを開けてくれた岡本くんに、私は「ありがとう」と礼を言った。
「いいんですよ、僕もずいぶん言われましたから、そのお返しです。あと……」
「……あと?」
私が訊き返そうとしたら、また放送が入ってきた。岡本くんは「また、またこんどにします」と付け加えた。
なんだか、照れ臭くなった。
岡本くんも、耳の後ろが赤くなっている。
ガヤガヤと騒がしい、店内の声が耳に心地よく、入り込んできた。
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