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天衣無縫
「輝一、早く帰ってきてね。私ひとりじゃ間が持たないから」
ネクタイを締め直している夫に声をかける。
「世間話をしてればいいんじゃないの」
「今朝も少年犯罪のニュースやってたばかりだよ? なんだか地雷踏んでしまいそうで」
「ごめん、もう電車に遅れるから行くわ。一品、ツマミは買って帰るから」
無情だ、と思うがどうしようもない。
いってらっしゃい、と梅雨入り前の空に呟き、散らかった部屋に戻る。
今夜、夫の叔父に当たる、照さんがうちに泊まる。
夫にとっては、小さい頃から交流のあった人だ。旅の途中、周辺のホテルが満室だったのなら、ぜひ、という流れになるのが当然なのだろう。
でも、私は全くといっていいほど、歓迎できない。
(チョコが亡くなってから、人が来るのは初めてだ)
愛猫が天に召されてから、私は塞ぎ混んでいる。ペットロス、と周囲は言うが、当事者にとってカテゴライズは無益だ。便利なのは説明が一言で済む側――嫁がペットロスなので早く帰ります――。
チョコグッズの数々を、処分または隠さなければと思うだけで、地球の重力が増したみたいに、体が重くなる。
さらに、照さんの息子(つまり夫の従兄弟)が先般、窃盗罪で検挙され、現在服役中となれば、重力は4倍、つまり4G。
戦闘機のパイロットでもあるまいし、立ち上がれない。
チョコがいたらよかったのに。
話の種になっただろう。
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