天衣無縫

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 かすかな筆音(ふでおと)を破ったのは、玄関のドアの音だった。  輝一が帰ってきたのだ。 「おかえり」  と迎えると、彼はご機嫌で、大きな灰色のケージを抱えていた。 「お土産」  ケージのドアを開けると、風が起こった。  と、雷鳴のような足音と共に、猛スピードで生き物がリビングへ消える。 「どういうこと!」  すぐさまリビングに入ると、布の裂ける音がして、カーテンの一番上まで子猫が駆け上っていた。  照さんも悲鳴をあげる。カーテンに爪が引っかかり、宙吊りになったその小動物も。 「猫がいないと寂しいんだと思って」  という夫を背に、   「心配いらなかったのに!」  震える子猫に手を伸ばしながら、私は言った。   「私たち、ちゃんと楽しく話してたんだから!」  ねえ、と照さんと頷き合う。  子猫はカーテンから落ちると、テレビ台の後ろにもぐりこんだ。  照さんが、おいで、と隙間に顔つっこみ、私がその背中から覗き込む。  捕り物のあと、夫が深く嘆息した。 「久々のカオスだな。わけがわからない」  照さんと私は、子猫に夢中でほとんど聞いていなかった。 (了)
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