第1章

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 ひゅうひゅうと風が土ぼこりを舞い上がらせた。大八車を引く男が軽く咳をした。その荷台にむしろをかけられた細長い物が乗っているのを見て、小宮は小さく呟いた。 「やだなあ。また死人かなあ」  最近ここ千代藩(ちよはん)では奇妙な病が流行(はや)っていた。  流行病の名前は餓鬼病(がきびょう)という。症状が進むと手足が痩せ、腹だけがふくれあがり、その名の通り餓鬼のような姿となって衰弱死する。予防法もまだ分からず、女や子供は恐れてなるべく外へ出ないようにしていた。  通りも行き交う者がいないわけではないが、心なしか皆暗い顔つきをしているような気がする。小宮(こみや)が訪れた長屋にもどこか活気がない。 「あら、小宮様」  少し痩せた女性が声をかけてきた。 「やあ、可奈(かな)」  可奈は、本来はもっと美しい女の子なのだが、最近は気苦労が耐えないからだろう。顔色がすぐれないのが気にかかった。  可奈はほんの少しほほ笑みを浮かべてくれた。 「すみません、こんな汚い所まで様子を見に来て下さって。小宮様はお武家様なのに」  小宮宗二(そうじ)の父親は千代藩に仕えている。長男の宗一と違い、次男である宗二は城に務めに行くことはないが、それでも武士は武士。  住む場所が違う町人の可奈と出会ったのは、まだ幼い時分だった。  野良犬かガキ大将にからかわれていた可奈を小宮が助けた、というのだったら格好いいのだが、実際はもっとのどかな話だった。  そのころ近くの河原でツチノコが現われたという噂がたった。小宮はほかの同年代の子供と同じように、幻の蛇をつかまえようと捕獲用の網を持って何日も河原に通っていた。  そんなとき、同じようにツチノコ狩りに来ていた可奈と知り合った。  可奈との出会いを思い浮かべたとき、いつも小宮の胸に広がる景色がある。  夕日で金色に染められた河原の草が、波のように風にそよぐ中を、二人で駆け回っている光景。それを思い出すとき、小宮はいつもほのぼのと暖かい気持ちになるのだった。  結局ツチノコは見つからなかった物の、それ以来二人は時々話をする仲になった。 「可奈、お父上の様子は?」 「ええ、相変わらず……」  可奈の父もまた、餓鬼病にかかっていた。  病気にかかった始めのころは、小宮も、辛そうにしつつも家具や小物に木彫りをする仕事をこなす父親の姿を見ることができた。
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