第一章 それぞれの戦いへ

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突然の総司の変わりぶりに松本も思わず総司の胸ぐらにあった手を放した。  総司の言い分はこうだった。  ずっと何もせず、寝たきりの生活に自分がまるで生きた屍の様に感じていたこと。  そんな中、土方の言葉に自分の生きる意味、希望を見出せた事。  だから、自分の意志で、自分の思う新選組隊士としての仕事をまっとうしたい。  自分はあくまで新選組隊士、沖田総司でありたい。  そうでなければ、心臓が動いていようが、息をしていようが、自分は死んだも同然だと。  松本も、弟子も、返す言葉がなかった。  医者は病気や怪我を治すことは出来る。  しかし、人の心を治すことは出来ない。  それは本人の力でのみ前にも後ろにも向くのだ。 「お前さんの言い分は分かった。だが、あの願いだけは認める訳にはいかねぇな」 「どうしてですか!」  落ち着いていた先ほどまでが嘘だったかの様に、取り乱した様子の沖田を今度は松本が諭す番だった。 「お前が新選組の『誠』を書きたいってえのは俺も止めやしないさ。だがな、お前が見てきた新選組は一日二日で書ききれるものなのかい?今無理をすりゃあお前さんはすぐにでも死んじまう。それじゃあ元も子もないだろ」  松本が反対をしているのは、ただ一つだった。  総司の頼みというのは、今夜、ここ今戸を脱け出し、新政府軍が本陣を構えている板橋に行き、昼間書き上げた『誠』の旗を掲げる。  その為に外に出る許しが欲しいというものだった。  それを戦いの狼煙にするつもりだったのだ。  そして、敵の目を土方さんや戦場から江戸へ向ける策であり、自分が生きていて、同じく戦っていると遠く離れた場所に居る仲間に知らせる大きな大きな手紙。  だが、春とはいえまだ夜は冷える上に、やせ細った総司の身体で今戸から遠く離れた板橋まで闇夜に紛れて行くというのはあまりにも無謀な話だった。 「ならば」  今まで黙って2人の話を聞いていた松本の弟子がおずおずと口を開いた。 「私が代わりに板橋まで行き、沖田さんの旗を掲げて来ましょう。闇夜に紛れてならば、私にでも出来るはずです」  きょとんとした目で見る2人に、弟子は「大丈夫」と口にする代わりに力強くうなずいて見せた。
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