「僕」の場合

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「僕」の場合

こんな風に親戚が一堂に会するのは久しぶりで、運動会の昼休みみたいに少しわくわくした気持ちがする。ただ実際は運動会じゃなくて葬式な訳で、ばらばらな場所にいた人たちが一人の「死」によって一か所に集まってくる。それは少し奇異な感じがするものだった。それはきっと誰かが死ぬというのは周りの人にとっても、すごく重要なことなのだろう。昔、死んだらどうなるのかと母親に聞いたことがあった。母は死んだらあの世というところがあって、そこには地獄と天国があり、生きている間の行いによってどっちに行くか決められるんだよといった。それから僕を抱き寄せて、だからちゃんといい子にしないといけないんだよといった。 ただ知りたかったのはそういうことではなかった。母がいったのは死んでもうあの世にいった後のことで、その間にはきっとこの世からあの世に移動しないといけない訳で、例えば僕がこんな風につらつらと考えているこの考えたちはあの世にいったらどうなるのか、ゲームのデータみたいに誰にも開かれず、どこかに残るのか、それとも何もなくなってしまうのか。母に聞きたかったのはそういうことだった。僕の今の考えていることも肉体を燃やすときに煙とともに消えてあの世にいっちゃうような気がした。ただ、母に抱き寄せられると僕はいい子になった気がした。抱きしめられるだけで僕の考えは、それこそあの煙みたいに消えた。それほど母は温かかった。ただその考えの元みたいなものはずっとまとわりついていて、時折どこからか風が吹くと、またそんな考えがふわっと思い出された。 家の中は通夜の準備で忙しく、窓やドアはトイレも全て開けられ、そこを二月の冷たい風が通り抜ける。縁側に座布団が干されていた。フローリングの床は冷たく仏壇のある畳の部屋に僕は座った。僕に出来ることは何もなくとりあえず準備の邪魔にならないように端にいることだけ。こういう時、僕ら男が如何に無力かわかる。せいぜいテーブルや重たいものを運ぶくらいしか出来ない。台所からは鰹節のよい香りがしてそれが窓を交差する風に乗って家中に広がった。飼い猫のマチの鳴き声が聞こえた。きっと鰹節をもらいにその内、台所にやってくるはずだ。壁の時計が十時の合図を告げる。葬儀屋がもうすぐ来る時間であった。
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