「葬儀屋」の場合

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この住職と仕事をするのははじめてだった。ただ噂は聞いていた。あまり評判のいい坊主ではなかった。観たいテレビがあるからと焼香を途中で打ち切ったとか、地元の政治家の葬式で大人数の参列者に向けてメガホンでお経を読んだなど半分冗談のような逸話をもった坊主だった。そんな坊主と組むことになったのも、この時期なぜか人の死が多いからであった。単に季節の変わり目や寒いからというだけではないような気がする。台風ベイビーの話を思い出した。台風の多い年だとそれから十か月後に赤ん坊がよく生まれるという話だ。どこにも出られない台風ではすることがないらしく、それで子どもが多く生まれるのだと。それと同じように人が多く死ぬこの時期にも何かあるのだろうか。冷たい風が葬儀屋に吹く。ふとこの風は人の死を産むのに十分であるように感じた。葬儀道具も同じ冷たさだった。トランクを勢いよく閉めた。手がひりひりとした感覚になった。とにかくこの時期はどこの葬儀屋も寺も忙しくハズレ坊主を引いた葬儀屋は少し嫌な気がしながらも通りの自動販売機の前で電話を掛け直した。
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