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「坊主」の場合
フレンチトーストを食べながら新聞を読んでいると、本当の職業はビジネスマンなのではないかと坊主は思った。新聞の後ろの方に載っている科学のコラムが坊主は好きで、そこでは物理から天体まで様々な分野の最先端の記事をわかりやすく掲載していた。それは坊主が高校生の頃に習った理科とは全く異なるもので、学生時代にテストでバツ印を付けた教師がこの記事を読んだらどうなるのだろうかとニヤニヤしてしまうのが癖であった。タイムマシンで高校の教室に殴り込み、教師に説法をするのも悪くないと思った。
時計の針は十時をまわる頃で今日は一つ葬式のお経を上げることになっていたのを思い出した。確か、一時だったはずだ。葬儀屋から場所の地図を送られていたはずだが何処に置いたか思い出せず坊主は電話のある玄関へと向かった。畳の間から玄関へ向かう床は日に日にその冷たさを増している。電話帳の下に地図は挟まっていて東家の位置と時間を確認した坊主はキッチンからパックのコーヒーと湯の入ったポットを持ち畳の間へ戻った。坊主は手を叩きシナモンの粉を落とした。そして目当てのコラムをめくった。今日は生物学の記事のようであった。
出発前になり坊主は地図を再び探していた。だが地図は見つからず葬儀屋に電話を掛けたが取らなかった。この時間ではもう準備に取り掛かっているのだろう。しばらく待ってみたが折り返しはない。
あの坊主には気をつけろという先輩の言葉を不意に思い出し葬儀屋はもう一度電話を掛け直した。今度はワンコールで取った。
「もしもし、空福寺ですが」
「はい」若い男の声だった。
「ちょっと地図を無くしてしまってな、大体の場所を教えてもらえんかと」
「ああ、はい。国道から一つ入った小さい通りわかりますか」
「ああ、大きな木とスーパーの裏が交錯するとこかな」
「そうです。そこを入って塀がある家です」
「ああ、わかりました。もしかしたら少し遅れるかもしれんので」
「えっ、あと二時間もありますよ」
「人生は何が起きるかわかりませんからね」
「はぁ。あの光太郎様の仮位牌のご用意は大丈夫でしょうか」
「心配無用。ちゃんと戒名も入れてある。ご安心を。では後ほど」
電話を切った坊主は慌てて位牌の用意をはじめた。やはり遅れそうであった。
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