第三章

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「あの……」  黒崎がようやくスマホで通話を始めた後、堀切は消え入りそうな声で勝鬨に話しかけた。 あれだけ罵詈雑言を浴びせた後だというのに、勝鬨は咎めもせずに応対してくれる。それが申し訳なくて仕方が無かった。 「ありがとうございます……」  喋るとまた嗚咽が戻ってきて、堀切は勝鬨の隣に座ったまま深く頭を下げた。  勝鬨の打診を黒崎は二つ返事で了承した。  五分後には堀切の母いる病院に救急車を向かわせ、今は黒崎の父が運営する大病院に転院の手続きを取るところである。  黒崎はこうなることを予見したらしく、勝鬨と堀切が揉めている間に、鷹瀬が集めた堀切関連の資料を片っ端からタブレットで読み込んでいたそうだ。 「うん、オッケー!遥くん、転院の手続き取れたよ! これからお母さんはうちの病院で預かるからね!」  通話を切った黒崎がVサインを指で作って笑う。吉報を受けて堀切は顔を上げた。さっきから涙腺が崩壊していて感情が高ぶるとすぐに涙が出てきて困る。「ありがとうございます……」ともごつきながら伝えると、勝鬨に背中をあやされた。 「ふふ、遥くんたくさん泣いてるね」  黒崎はタブレットを置いて堀切の顔を覗き込んできた。あけすけに言われると今更ながら恥ずかしくなり、手の甲で瞼を擦ろうとしたが、その手を黒崎に止められた。 「人はどうして泣くと思う?」  唐突な問いだと思った。今、そう問われても中々考えられなくて。  けれど黒崎は堀切の答えを待たず、ふわりと笑いながら続けた。 「僕はね、心の器を空にする為だと思うんだ。例えばね……」  黒崎はワインボトルを手に取り、自分のワイングラスになみなみと注いだ。少しだけ零れるところまで注ぐと、ボトルを円卓に置く。 「グラスいっぱいまでワインを注いでしまったところに、これ以上注いでも溢れるばかりでしょ? いっぱいいっぱいになってる時はきちんと発散しないといけないの。だから泣くことはいいことなんだよ」  グラスを伝う滴が涙みたいだと思った。白ワインが水たまりを作っている。   「大人は泣かないなんて嘘だからね!」  黒崎の言葉は優しい。この男に会った今日だけで二回も泣いてしまったけれど、それで良いと言ってくれた。自分が気負っていることをどうしてこの人は見抜くんだろう。話しているとすごく楽になって、堀切は小さく頷いた。
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