Prolog

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 低くてよく伸びる男の声はずんと腹の底に落ちてくる。しんと静まり返った会場の異変に気づき顔を上げると、観客席の通路に立つ男が右腕を挙げていた。  仕立ての良いスリーピースをがっしりした体躯で着こなし、真っ黒な髪をオールバックに整えている姿は任侠者にも見えたが、佇むだけでも滲み出る品位は統治者の風格にも思えた。男はコツリと革靴を鳴らしながら、堀切がいる壇上へと踏み出す。 「か、勝鬨様?! まだ競りの最中でございまして……」  壇上にいた黒服たちがどよめく。『勝鬨様』という名前を拾った観衆も一人、また一人とその名前を反芻しては顔を見合わせていた。 (勝鬨様……?)  堀切も目を凝らして男を観察したが、記憶の何処にも引っかからない。 「この競りは終いだ。3億以上出す奴はいるのか?」  ついに壇上に踏み入った勝鬨は、司会の黒服に語尾を持ち上げて問う。マイク無しでも響くその声は、声の波紋をもって辺りを制す。観客席はただ息を潜めていた。 「文句はないな。さっさと処理を進めろ」  黒服にそれだけ伝えると、勝鬨は堀切の前まで歩みを進める。向かい合う勝鬨は壇上のライトを浴びて一層煌びやかに見えた。  まるで帝王みたいだ。 「ああ……ようやく見つけました、天使様」  堀切は耳を疑った。先ほどまで一声でこの場を圧していた男の喉から出るには、あまりに柔らかい声色である。堀切よりも頭一つ分高いところに付いている勝鬨の表情を見上げると、新緑の瞼が恍惚としていた。 「こんな汚いところで見せしめにされて、なんて可哀想なお姿だ。だがもうご安心を、貴方の下僕がお迎えに上がりました」  自らを”下僕”と称した勝鬨は、すでに王とすら呼ばれたその身で跪き、堀切の足にキスをした。
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