第三章

4/60
2029人が本棚に入れています
本棚に追加
/247ページ
「その……、オークションで落札戴いた御礼を伝えていなかったと思って。こんなに遅くなってしまったんですが、――ありがとうございました!」  堀切は身体を勝鬨に向けるように座り直して思いきり頭を下げた。 「大きい金額を頂いて、俺の家族も……、いや、俺があそこで売られた甲斐があったと思います。だから、少しでも何かで恩を返せるように――」  そこまで言って気づいた。初めから3億円の代償はエレインじゃないか。  恩人を騙すような行為でしか、自分が一番不本意な形でしか恩を返せないのかもしれない。そう思うとまた堀切はまた俯いた。  すると、ぽんと髪の上に大きな手のひらの感触が降ってきた。  顔を上げると、勝鬨が堀切の顔を覗き込んでいた。至近距離で顔を合わせ、堀切は驚いて肩が跳ねてしまう。 「俺はお前を助けるために金を払ったわけじゃない。俺が天使様をお救いしたい一心で金を使ったことだ。お前に礼を言われるようなことは何もしていない」  新緑色の瞼が不機嫌そうに細められ、眉を歪めている。 謝意ですらこの男には届かないのか 堀切は心にぽっかり穴があいて空しくなった。こんな時くらい、少しくらい、歩み寄ってくれたっていいじゃないか。  やるせなさが込み上げて言葉が出なくなったとき、前の卓から ふふ、と笑い声が聞こえた。視線を向けると、寿賀が口許を隠して優雅に笑っていた。 「寿賀、何を笑っている?」  勝鬨もそれに気づいたのか、不機嫌な顔をそのまま寿賀に向けた。 「申し訳ございません。社長があまりにもわかりやすいので、つい」  こほんと咳払いを軽くして笑いの流れを途切ると、寿賀はワイングラスを置いた。 「失礼は承知で、老婆心でお話させて戴きますと。堀切様、社長は別に怒ってらっしゃる訳でも機嫌が悪いわけでも無いんですよ?」 「え?」  堀切は思わず聞き返してしまった。 「堀切様と社長は、愛僕と飼い主という関係ですよね? 本来、愛僕とは言い換えればダッチワイフとか肉便器みたいな用途で買われるもの。飼い主に何をされても文句が言えない奴隷です。その奴隷が、飼い主に買ってくれた礼を言うなんて、考えられますか?」
/247ページ

最初のコメントを投稿しよう!