第三章

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「……それは」  寿賀の話だけ聞いていればあり得ない話だ。奴隷は飼い主を憎む方が自然に聞こえる。けれど勝鬨は少し違うと思って、 「堀切様だって、社長に無理強いされることがあるのではないですか?」  無理強い、と聞いた瞬間に初夜を思い出して身体が強ばり、次にはこの一週間、毎晩勝鬨に足を広げていたことを思い出して真っ赤になった。  それを眺めた寿賀は唇を弧の字に歪めて「ほらね」と笑う。 「でしょう? ですから、嫌われて当然だと思っている奴隷から御礼なんか言われたら、バツが悪いんですよ、飼い主は」  そこまで言い終えると寿賀はワイングラスを手に取り酒を味わい始めた。隣で感心した風に聞いていた黒崎がずっと手酌でワインを注いで飲んでいたので、そこに加わる為だろう。  堀切はあらためてチラリと勝鬨を見上げる。もう一度かち合う新緑の瞼は、そう言われるとふて腐れているようにも見える。堀切にはそのあたりの表情の差が分からなくてじっと見つめてしまうと、勝鬨が短く溜息をついた。 「……俺は弱い者いじめは好きじゃねぇんだよ」  ぽつりと勝鬨が漏らした。その言葉の真意が分からずに首を傾げると、もう一度手が伸びてきて勝鬨に髪を撫でられた。 「お人好しも大概にしろって言ったんだ。二度と俺に礼なんぞ言うな」  堀切にはようやく解った。取り合わなかったわけじゃなくて、ぶっきらぼうに突っ返されたのだ。そう思うと途端に虚しさが消えて少しだけ暖かかくなった。堀切はおしぼりを手に取り緩んでしまう口許を隠した。 初めてまともに勝鬨と話せた気がする。
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