第三章

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「も、貰っていないです……」  堀切は消え失せそうな声で答えると、黒崎は「そっかぁ」と肩をすくめた。 「じゃぁ、遥くんと山口さんが何を取り交わしたのか、誰も解らないんだね」  堀切は眼を見開いた。 「……つまり社長が天使様を落札する為に払った3億円は、その”山口”という男に全部吸い上げられたってことですね、きっと」 「そんな……」  寿賀までワイングラスを置いて話にとどめを刺しに来る。こんな風に畳みかけなくたっていいじゃないか、信じたくない言葉ばかりだ。もう足下が崩れそうになっているのに。堀切は疑いを振り払うように首を左右に振り、目の前の男二人に訴える。 「そんなの、憶測にすぎないじゃないですか……っ! 俺は確かに、山口さんと……」 「鷹瀬」  眼を回しそうになるのを必死に堪えている堀切の横で、ずっと黙っていた勝鬨が鷹瀬を呼んだ。寿賀の横に控えていた鷹瀬が「はい」と短く返事をする。 「山口ってのは誰だ?」  堀切は顔を上げた。何を素っ頓狂なことを聞いて…… 「天使様にオークションを持ちかけたのは星川組に所属する林という男だと、俺に報告をしていなかったか?」 「……は?」  語尾を持ち上げて聞き返したにしては酷く力ない声になってしまった。 「天使様と契約を交わしたのは山口ではなく林という男です。偽りございません」  きちりとした声で答える鷹瀬の言葉が信じられなかった。  何を根拠にこの人は言っているのだろう? どうして山口のことを知っている?  いつから知っていた? 何が…… 「お前に話を持ちかけたのは、林という男ではないのか?」  勝鬨の視線が向けられる。堀切は俯いたまま何度も言葉を飲み込んだ。 「山口さんです……」  あの男は林とは一度も名乗らなかった。 「……そうか」  はあ、と勝鬨は呼気を逃すように漏らした。 「林という男は山口と名前を偽っていたんだな。お前のことを騙すつもりで近づいたんだろう。始まりから全て嘘だったってことじゃないのか?」    堀切は目の前が真っ暗になった。  ふらりと重心が倒れて椅子の背もたれに支えられる。頭の中が渋滞を起こしていた。
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