第三章

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 堀切は覚束ない足をなんとか走らせて温室の出口まで走った。小花の美しい一本道を抜けた先にある重厚な扉に激突する勢いでたどり着くが、押しても引いても扉は開かなかった。 「出して下さい!」  バンバン、と扉を叩く。しかし扉は壁のように佇んで、自分の声だけが空しく温室に響いた。 「此処にいる意味がないと言ったな?」  コツ、……と靴音と同時に唸るような低い声が聞こえる。  その声を久しく聞いた堀切は、一気に身体が震えた。思い出したくない初夜の記憶がフラッシュバックし、身体が竦みそうになる。徐々に近づいてくる男の足音が怖い。  振り返ることもできずに扉に縋り付いていると、――――バン!!と大きな音がした。背後から来た勝鬨の左腕が堀切の左頬を掠め、思いきり扉に手を突いたのだ。破裂するようなその音の衝撃にあてられて、堀切はすくみ上がってしまった。 「お前が此処にいる意味を作るのは俺だ」  背後から耳元に寄せられた唇から、あの声がする。  今にも噛みつきそうな獣の呻り、地獄の底を這うような声と、やけに静かな息づかい。 「そんなにここから出て行きたいなら、治療代を稼ぐついでに俺が払った3億円も耳揃えて返してくれないか?」  堀切は瞼を見開いた。  確かに勝鬨の言い分はもっともかも知れない。買った堀切を逃がすなら、3億円を溝に捨てたことになる。  けれど、親の治療費だけでもどうにもならなかったのに、3億円などすぐに用意できる訳がない。それを知っていて言っているのだから、この男もヤクザの取り立てと何も変わらないじゃないか。
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