第三章

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「ひ……、人でなし! 平気な顔して黙っていられるなんて、信じられない!」  堀切は今度こそ勝鬨の胸に両手を振り下ろした。ドン、と音を鳴らして厚い胸板に受け止められて、それでも足りずに何度も叩くが勝鬨はびくともしない。自分の悲しみも憤慨も伝わる気がしなくて言葉でも思いつく限り勝鬨を罵ったけれど、何もかも不毛なのだと行き着いた。  結局、どうにもできなくて手を止めると、勝鬨の右手に顎を掴まれて、無理矢理上を向かされる。目頭が熱くて仕方がなかった。 「俺が人でなしなのは解りきったことだから構わんがな、お前はどうなんだ?」  逆光で影が落ちる勝鬨の表情は判別しにくい。しかし勝鬨の緑色の瞼には絶望した堀切自身の顔が映っていた。 「倒れるまで親を放っていたお前は、人でなしではないんだな?」  悪魔みたいな人だ。ここにきてそんなことを、どうして聞けるのか。   「そんなこと……なんで言うんですか……」  酷い男だ。無慈悲で容赦が無い。そんな言い方をされては、八つ当たりすら出来なくなる。 「後悔してるに決まってるじゃないですか……っ何もかも」  視界が潤んでくる。こちらを見下ろす勝鬨がどんな顔をしているのか、もう見えなくなった。  どこからやり直せば良かったんだろう?  林の話に乗らなければ良かったの?  それとも真面目に働けば良かった?  芝居なんて――――諦めれば良かった? 芝居なんかに振り回されなければ、もう少し母に渡せるお金も増えたのかもしれない。  少なくとも、もう少し早く母が無理してることには気付けただろうか。  こんなに何もできない自分にならない道は何処かにあったのか。 「全部、自分が悪いのは解ってるんです……、勝鬨さんに当たり散らしてることも……っ、だけど悔しくて……」  ボロボロと大粒の涙が落ちていく。こんな顔を見せていたくなくて、顎を掴まれている勝鬨の手に自分の右手を掛けた。力をゆっくりと解いてくれる勝鬨の手を下ろしながら、堀切は俯いた。
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