第三章

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「ごめんなさい……」  頭上で勝鬨が首を傾げる気配がある。堀切の声がよく聞き取れないのかもしれないが、嗚咽が酷くてこれ以上に大きく声が出なかった。だから少しだけ、顔を上げた。 「エレインのことも、せっかく愛してくださったのに……期待に添えなくて……っ」  視界の端に見える勝鬨の口許がぽかんと開いているのが見えた。これ以上何を言われても、もう仕方が無いし、受け入れるしかない。  全部自分が悪い。自分の芝居を見ていてくれたこの男にも、つまらない意地で拒んでしまったのだから。  堀切は立っていることもできなくて扉の前でずるずるとしゃがみ込んだ。  どうしよう……  頭がぐるぐるする。今は何も考えられなくて、ただぽっかりと闇の中に浸かっているみたいになった。  すると、ポンと頭を撫でる感触がした。さっきと同じ暖かさがある。  ゆっくり顔を上げると、勝鬨が目の前で膝を突いていた。堀切の表情を覗き込むようにしゃがんでくれたようで、眉を歪めて機嫌が悪そうな顔をしている。    けれどこの表情を知っている。さっきみたいに、バツが悪そうにしている顔。  どうしてそんな顔をしているのか解らなくて眺めていると、固い指先で涙を拭われた。 「……なんでお前は、一周回って自分が悪いところに行き着くんだ?」  勝鬨の言葉の意味が分からない。 「この話で悪いのは、お前を騙した林と、人でなしの俺だろうが」  はぁ、と勝鬨はそっぽをむいて溜息を漏らした。何か考えるように暫く沈黙が続く。  暫くして堀切は勝鬨に腕を引き上げられて立たされた。よたりとバランスを崩した所を勝鬨の胸板に抱き留められる。 「ヤクザに話を付けるとか言う前に、俺を頼った方が何倍も安心じゃねぇのか?」 「――――え?」    今、なんて言った?  もう一度言って欲しい、とせがむ前に、勝鬨は来た道を戻るべく踵を返してしまった。しかし堀切と身体が離れる刹那にもう一度くしゃりと髪を撫でられ、聞き間違いではないのだと確信に変わった。 「あ、あの……っ!」  広い背中を追いかけて付いていくと、食卓スペースに相変わらずの3人が待っていた。 「黒崎、一つ頼まれてくれるか?」  勝鬨は自分の席を通り過ぎて黒崎の傍に立つ。黒崎は鷹瀬から借りたタブレットを眺めながら「うん?」と語尾を疑問調子に持ち上げた。  
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