作文

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〈ぼくは、タケシ君と工場地帯の、ヒミツ基地に行きました。タケシ君が入って行ったらぼくが入ったら、突然コンクリートが落ちて入口が閉まりました。ビックリしましたけど出られませんでした。ぼくとタケシ君は泣きました。……〉  小学校の教室は少年達にとって封建社会そのものだった。大抵の子は、第一徒党の動向を看過しながら、第二徒党の世界で喜怒哀楽に勤しみ、第三世界へと落ちないよう、暗黙の教室制度を遵守する。 努めて第一徒党の乱暴者とは関わらないようにしながら、当たり障りの無い学校生活を過ごす。無論、下克上はもってのほか。頑丈な身分制度の元にいびつな大人社会にも似た秩序が保たれていたのだ。  小学時代、私の親友だった猛は、強い近眼で黒縁眼鏡をかけていたことと運動能力が低く痩せていたことに加え、特別に仲良くならない限り無口なこともあって友達が少なく、私が転入した時は既に教室の皆んなの彼に対する態度は冷ややかなものだった。彼は私に対してだけは粗暴な態度や楽しそうな表情を見せたりするのだが、別の少年に話しかけられると無表情になり、あまり言葉を発することがなかった。私がいつも猛と行動を共にしていたことで、いじめの対象からは外されていた筈だが、私の作文が教室で発表されてからは、二人共教室の皆んなから嘘つきと思われ、担任の教師でさえその内容が事実だと信じてくれる事はなかった。 「面白く書けたな。上手いぞ。《小説》というのがあってな、お前の作文は、その小説だ。小説では、人が空を飛んだり、恐竜の世界に行ったり出来るんだ。だから、お前は良い小説を書いたという訳だ。大事に取っておくといいぞ。」  そんな教師の言葉がきっかけで、その日から私は教室のみんなに小説家と呼ばれるようになり、猛と共に第三世界の住人となった。とはいえ、二人がいじめられていたかと訊かれればそんな事実は殆ど無い。教室の彼らとは関わりが無くなったということに過ぎないのだから。
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