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1.可愛い少年
帰宅して最初にすることは決まっている。郵便受けに投げ込まれたハガキやチラシを手に真っ白な仏壇の前に行き、金襴の座布団に座ってそれを1枚ずつ母と確認するのだ。
「新しいスーパー出来るって。オープンの日に買い物するとエコバックくれるみたい。ほらこれ」
『えーいらない、お母さんこんな可愛くないの使わないわ』
「うわっ、なんでだろ今月電気代高い」
『アンタまた夜更かししてるの? お肌に悪いわよ』
亡くなる1年前に買い換えたお気に入りの仏壇に飾った写真の中で父と並んで微笑む母が声を発することはないけれど、私の頭の中にはちゃんと答えが返ってくる。
「これは・・・庭木のお手入れだって。うわ、高! ねえ、こういうのどうしてた?」
『年に一度植木屋さん呼んでたわよ』
今日植木屋さんが来たという話をされた記憶はあるけれど、それが何処のどんな人かまでは聞いた覚えがない。私はその広告に書かれた名前を読み上げた。
「植原造園だって。植原・・・」
自分の声が頭の中の古い記憶を掘り起こした。中学校にそういう名前の男子がいた。あまり勉強が得意ではない子で、用紙を交換して小テストの採点をしていた時に私には考えられない間違いがあって呆れていたらいきなり用紙を奪って握りつぶされたことがある。すぐに先生が飛んできて騒ぎは収まったけれど、その時の彼の目は本当に怖かったのでよく覚えている。
「これ、あいつの家かな・・・」
住所は学区内だし可能性はある。首を傾げてじっと考えていると母が言った。
『気になるなら電話してみたらいいじゃない』
「別に会いたいわけじゃないっていうか、そうだったら気まずくて嫌だって話よ?」
当時は変な答えを見てニヤニヤしてしまうのはどうしようもないから自分は悪くないと思っていたけれど、今思えばそれはきっと彼のプライドを酷く傷つけたに違いない。
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