■第一話 金魚倶楽部とカプチーノ

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「……と、とりあえず、行ってきます。自転車、ありがとうございました」 「う、うん。いってらっしゃい。気をつけて」  ただ一つ確かなのは、初めて学校に送り出す朝なのに全然格好がつかなかったことだ。  逃げるようにして出ていく野乃の背中に、渉は苦笑するしかなかった。      * 『恋し浜珈琲店』の開店は午前十時だ。閉店は午後八時。  田舎町の店にしては開店時間が遅いような気もするけれど、それでお客様からクレームが出たことはないし、むしろ午後八時の閉店時間のほうが遅いんじゃないかと、馴染みの客からはたびたび言われる。  都会とは違って、ここは日が昇れば活動をはじめ、日が沈めば休むように人間の体がそのリズムに慣れている。  午後六時には客足はぱったりと途絶え、街灯もまばらなこの辺りは、渉の店から漏れ出る明かりのほうが、少し変わっていると言える。  それでもなんとか食べていけるのは――。 「いらっ――」 「おうおう。そんな堅っ苦しいあいさつは逆に胸が痒くなる。今朝、水揚げしたばかりの(かつお)持ってきてやったぞ。いつ見ても細っそい体してんだから、これ食ってもっと太れ」
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